September 08, 2010
わたしの蜻蛉日記
本屋さんで見つけて即買いました♪瀬戸内寂聴さんの『わたしの蜻蛉日記』
寂聴さんや、田辺聖子さんなど、古典に精通した方が作品を書いてくださるのは本当にうれしいことです

装丁も古風で美しい。
蜻蛉日記・・・この日記との出会いは大学2年のとき。
たまたま学内の図書館で手にとってハマったのです。
分厚くて大きな本でしたから、借りて帰るのは諦め、暇さえあれば図書館に通って読破した思い出の古典です。
王朝ものといえば、源氏物語ですが、源氏の面白さとはまた違った意味で、ひかれました。
なぜって、これは実話だから・・・
枕草子や蜻蛉日記が私の胸に迫ってくるのは、実際に起こった現実であり、歴史上の人物の息遣いを聞いているかのような感覚になるためだと思います。
久しぶりにこの日記文学を読んで、少女時代に読んだ時よりもいろいろな思いが浮かんできて新鮮でした。
今の時代も、1000年昔も、夫の浮気に悩む妻の苦悩は変わらない。
けれど、今回蜻蛉日記に触れて感じたことは、妻としての女性には可愛げや、安らぎという要素が大切なんだってこと。
本朝三美人と謳われる美貌、歌の才能もピカ一の道綱の母

教養の高さに加え、染色すれば人より美しく色あげし、針を持てばたちまち可愛らしい独創的な袋物を縫い上げたり・・とまあ、完璧なお姫さまなのです。
名門の御曹司に見初められて誰よりも幸せになるはずだった彼女。
が、その資質ゆえに、“自分はもっと愛されてもいいのにーーっ”と不平不満のかたまりとなっていきます。
プライドの高さは彼女の魅力のひとつであるとしても、あまりにも頑固すぎるうえに、ヒステリックなんですね。
もう少し素直になれていたら人生変わっていたのでしょうか・・・?
寂聴さんはこう書かれています。
「素直になれないのがどうしようもない性格なら、この女の生涯の悲劇は、兼家という多情な男のせいなどではなく、自分自身の性格が招いた不幸というのが正当だろう。」
それにしても、平安時代の婚姻形態は女性にとっては辛すぎますね。
妻は何人あってもOKで、“夫が通わなくなった=捨てられた”ということなんですから

道綱の母のようにウツっぽくなる女性も多かったかもしれません。
さて。
寂聴さんは、蜻蛉日記と作者について、
「平安女流文学の口火を切っただけでなく、千年の後まで女の物書きを絶やさない根になった」
と書いておられます。
私小説の元祖、蜻蛉日記。
源氏物語にも影響を与え、千年後の今読んでも面白い。
こういう女性が1000年も前にいたというのは偉大なことであり、日本の文化度の高さを改めて感じます。
lavis77 at 17:28│
│本






